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数ベクトルの空間の計量

2022-07-16

幾何ベクトルの空間では、長さや角の大きさのことを考えることができ、そのための道具として内積と呼ばれるものが登場しました。数ベクトルの空間でも、内積と呼ばれる概念を定義して、数ベクトルの長さを扱うことや、特に成分がすべて実数のベクトルの場合に2つの数ベクトルのなす角の大きさを扱うことができるようになります。

本題に入る前に、複素数についてのおさらいと行列の記号の準備をします。

複素数についてのおさらい

複素数とは

実数の世界には2乗すると負になる数は存在していません。そこで、仮に、実数ではないなにか(数?)があって、それは2乗すると \(-1\) になるとしてみます。そして、このなにかをとりあえず \(i\) という記号であらわすことにします。つまり \[i^2=-1\] であるとします。さらに、2つの実数 \(x\)\(y\) を用いて \[x+yi\] という形であらわされるモノを考えることにします。例えば、\(2+5i\) とか、 \(\frac{3}{2}-\frac{5}{3}i\) とか、\(1+\sqrt2i\) とか、\(7+0i\) とか \(0+3i\) とか \(\pi -\frac{\sqrt{3}}{5}i\) などです。

ところで、このようなモノたちの世界が数の世界と呼ぶにふさわしいものであるためには、せめて、その世界に足し算、引き算、掛け算、割り算が導入されているべきでしょう。そこで2つのモノ \(x+yi\)\(u+vi\) (ここで \(x,y,u,v\) は実数)に対して演算を次のように決めてみます。

  • 足し算
    \(x+yi\)\(u+vi\) を足すと \((x+u)+(y+v)i\) となることに決めます。
    例えば

    \[ \begin{align}(3-2i)+(5+8i)&=(3+5)+(-2+8)i\\ &=8+6i\end{align} \]

    となるわけです。

  • 引き算
    \(x+yi\) から \(u+vi\) を引くと \((x-u)+(y-v)i\) となることに決めます。
    例えば

    \[ \begin{align}(7+4i)-(12+5i)&=(7-12)+(4-5)i\\ &=-5-i\end{align} \]

    となるわけです。

  • 掛け算
    \(x+yi\)\(u+vi\)を文字式のように考え \((x+yi)(u+vi)\) を展開します。そして \(i^2\) が出てくる度にそれを \(-1\) に取り替えます。その結果最後には \(\bigcirc + \triangle i\) という形のモノ (ここで \(\bigcirc\)\(\triangle\) は実数)ができ、これを \(x+yi\)\(u+vi\) をかけた結果と考えることにします。
    例えば

    \[\begin{align} (2+5i)(3+2i)&=(2+5i)\times 3 +(2+5i) \times 2i\\ &=6+15i+4i+10i^2\\ &=6+15i+4i+10\times(-1)\\ &=6+15i+4i-10\\ &=6-10+15i+4i\\ &=-4+19i \end{align}\]

    となります。

  • 割り算
    割り算は分数で書くことが出来るわけですから、まず、\(x+yi\)\(u+vi\) で割ったものを \[ \frac{x+iy}{u+vi} \] と書くことにします。
    また、先のように掛け算を決めておくと、\(u+vi\) という形のモノに \(u-vi\) を掛けると必ず \(i\) がないモノが得られるということがわかります。実際に

    \[\begin{align} (u+vi)(u-vi)&=u^2-(vi)^2\\ &=u^2-v^2i^2\\ &=u^2-v^2\times(-1)\\ &=u^2+v^2 \end{align}\]

    となります。このことを利用することにしましょう。 \(\displaystyle \frac{x+iy}{u+vi}\) の分母と分子に \(u-vi\) を掛けると分母からは \(i\) がなくなります。 分子では \(x+yi\)\(u+vi\) の掛け算を先に決めた仕方で計算します。そして形を整理していくと、最後には \(\bigcirc + \triangle i\) という形のモノ(ここで \(\bigcirc\)\(\triangle\) は実数)ができるはずで、これを \(x+yi\)\(u+vi\) をで割った結果と考えることにするわけです。
    例えば

    \[\begin{align} (5+3i)\div(3+2i)&=\frac{5+3i}{3+2i}\\ &=\frac{(5+3i)(3-2i)}{(3+2i)(3-2i)}\\ &=\frac{15-10i+9i-6i^2}{9-4i^2}\\ &=\frac{15-10i+9i+6}{9+4}\\ &=\frac{21-i}{13}\\ &=\frac{21}{13}-\frac{1}{13}i\end{align}\\ \]

    となります。
    ところで、実数の世界では「\(0\) で割る」ということはできないのでした。ですから \(\bigcirc + \triangle i\) という形のモノ(ここで \(\bigcirc\)\(\triangle\) は実数)の世界でも \(0+0i\) で割ることはできないと考えるべきでしょう。

以上で、とりあえず、\(\bigcirc + \triangle i\) という形のモノ(ここで \(\bigcirc\)\(\triangle\) は実数)の世界にも加減乗除という演算をを導入することができました。演算が出来るようになったのですから、これらを数と呼んでも良いような感じがしてきました。そして、2つの実数 \(\bigcirc\)\(\triangle\) を用いて \(\bigcirc + \triangle i\) という形であらわされているモノは複素数と呼ばれることになったわけです。また、ここで導入した \(i\)虚数単位と呼ばれています。

複素数と実数の関係

実数 \(x\) と 複素数 \(x+0i\) を同じものと考えることにより、実数は複素数の一部と考えられようになります。例えば、\(3\)\(3+0i\) と同じものと考え、\(-\frac72\)\(-\frac72 + 0i\) と同じものと考えることにより、\(3\)\(-\frac72\) などの実数も複素数の仲間と考えることにするわけです。

\(x+yi\) という複素数の \(x\) の部分を複素数 \(x+yi\)実数部分(実部)と呼び、\(y\) の部分を複素数 \(x+yi\)虚数部分(虚部)と呼びます。

複素数を1つの文字、例えば \(z\) という文字であらわしたいこともあります。例えば、\(3-5i\) という複素数を頭に思い浮かべているときにそれを \(z\) と呼びたいなどというときです。このとき、\(z\) の実数部分は \(3\) で、虚数部分は\(-5\) です。また、複素数 \(z\) の実数部分を \(\mathrm{Re}(z)\)、虚数部分を \(\mathrm{Im}(z)\) のような記号であらわすことがあります。例えば、\(z=3-5i\) のとき、\(\mathrm{Re}(z)=3,\,\mathrm{Im}(z)=-5\) となるわけです。

共役複素数とその記号

複素数 \(z=x+iy\) に対して、虚部の符号を変えてできる複素数を \(z\)共役複素数といい \(\overline{z}\) という記号であらわします。つまり、 \[\overline{z} = x-iy\] となります。

(1). \(z = 2+3i\) のとき \(\overline{z} = 2-3i\)
(2). \(z = 2-3i\) のとき \(\overline{z} = 2+3i\)
(3). \(\overline{2-3i} = 2+3i\)
(4). \(\overline{2+3i} = 2-3i\)
(5). 実数 \(3\) は 複素数 \(3+0i\) や 複素数 \(3-0i\) と同じものと考えるので

\[\overline{3}=\overline{3+0i}=3-0i =3\]

となります。このことから想像できるとおり、一般にどんな実数 \(x\) に対しても \(\overline{x}=x\) が成り立ちます。

複素数の計算法則

命題

どんな複素数 \(a,b,c\) に対しても、以下の法則が成り立ちます。

\[\begin{align} &a+b=b+a \tag{1}\\ &ab=ba \tag{2}\\ &a(b+c)=ab+ac \tag{3}\\ &(a+b)c=ac+bc \tag{4}\\ &(a+b)+c=a+(b+c) \tag{5}\\ &(ab)c=a(bc) \tag{6} \end{align}\]

これらは複素数の世界における交換法則、分配法則、結合法則です。そして、これらの法則が成り立つことは、それぞれの複素数を \(a=x+yi, b=u+vi, c= p+qi\) などと実数 \(x,y,u,v,p,q\) であらわしておき、右辺と左辺を計算してみると確かめられます。しかし、そこまでしなくても、複素数の和や積の計算は「\(\bigcirc + \triangle i\) という形をしている文字 \(i\) の文字式と考えて計算し、\(i^2\) が出てくるたびに \(-1\) に取り替える」という仕方で実行され、「実数の係数の文字式に対しては交換法則、分配法則、結合法則が成り立っている」ということを思い出せばこれらの法則が成り立つことは明らかと言って良いでしょう。

補足:このような法則が実数の場合と同じように成り立ち、計算上の使い勝手は実数と同じと言えるでしょう。そのようなこともあり、\(i\)(つまり2乗すると \(-1\) になる数)のような怪しいモノも数としての地位を得ることができたわけです。

共役複素数を作る操作については次のことが成り立ちます。

命題

どんな複素数 \(a,b\) に対しても、

\[\begin{align} &\overline{\overline{a}}=a \tag{7}\\ &\overline{ab}=\overline{a}\overline{b} \tag{8}\end{align}\]

が成り立ちます。

(7). は「複素数 \(a\) の共役複素数の共役複素数は自分自身に等しい」、(8). は「複素数 \(a,\,b\) を掛けてから共役複素数を作ったものと \(a,\, b\) それぞれの共役複素数を作ってから掛けたものは等しい」ということを意味しています。

以上の法則が成り立つことは \(a=x+iy,b=u+iv,\ldots\) (ただし \(x,y,u,v,\ldots\) は実数) などととおいて、実際に左辺と右辺を計算して比べると確認できます。

複素数の和や積と共役複素数

命題

どんな複素数 \(a,b,c,r\) に対しても、

\[\begin{align} &a\overline{b}=\overline{b\overline{a}}\\ &a(\overline{b+c})=a\overline{b}+a\overline{c}\\ &(a+b)\overline{c}=a\overline{c}+b\overline{c}\\ &(ra)\overline{b}=r(a\overline{b})\\ &a(\overline{rb})=\overline{r}(a\overline{b}) \end{align}\]

が成り立ちます。

例えば一番目の法則は、「複素数 \(a\) に 複素数 \(b\) の共役複素数 \(\overline{b}\) を掛けたもの」と「複素数 \(b\) に 複素数 \(a\) の共役複素数 \(\overline{a}\) を掛けてから最後にその共役複素数を作ったもの」が等しくなるという主張です。この法則が成り立つことは直前に説明した複素数の計算法則を使うと確認できます。 実際、

\[a\overline{b}=\overline{b}a = \overline{b}\overline{\overline{a}}=\overline{b\overline{a}}\]

のように計算できます。 他の法則も似たような仕方で確認できます。

またさらに次の法則も成り立ちます。

命題

どんな複素数 \(a\) に対しても、 \[a\overline{a} \geq 0\] が成り立ちます。 \(a\overline{a} = 0\) となるのは \(a=0\) のときに限ります。

この法則が成り立つことは \(a=x+iy\) (ただし \(x,y\) は実数)とおいて計算してみると \(a\overline{a} =x^2+y^2\) となることからわかります。

複素数 \(a=x+yi\) (ただし \(x,y\) は実数)に対して、\(\sqrt{x^2+y^2}\) として計算される数を \(a\)絶対値と呼び、\(|a|\) という記号であらわします。直前の説明から \(|a| =\sqrt{a\overline{a}}\) が成り立つことがわかります。また、\(a=x+yi\) が実数のとき、つまり \(y\)\(0\) のとき、\(a\) の絶対値は実数の世界で定義されていた絶対値と一致します。

記号の準備

転置行列

\((m,n)\) 型行列 \(A\) の行と列を入れ替えると \((n,m)\) 型行列ができます。 その行列を \(A\)転置行列といい、\({}^t \! A\) という記号であらわします。 つまり、

\[A=\left( \begin{array}{ccccc} a_{ 11 } & a_{ 12 } & \ldots & \ldots& a_{ 1n } \\ a_{ 21 } & a_{ 22 } & \ldots & \ldots& a_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \ddots& \vdots \\ a_{ m1 } & a_{ m2 } & \ldots & \ldots& a_{ mn } \end{array} \right)\]

のとき、

\[{}^t \! A=\left( \begin{array}{cccc} a_{ 11 } & a_{21 } & \ldots & a_{ m1 } \\ a_{ 12 } & a_{ 22 } & \ldots & a_{ m2 } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{1n } & a_{ 2n } & \ldots & a_{ mn } \end{array} \right)\]

となります。

(1). \(A=\left(\begin{array}{rrr} 5 & 2 & 2\\ -4 & -2 & 6 \end{array}\right)\) の転置行列は

\[{}^t \! A=\left(\begin{array}{rr} 5 & -4\\ 2 & -2 \\ 2 & 6 \end{array}\right)\]

(2). \(B=\left(\begin{array}{rrr} 3 & 1 & -2\\ -1 & -2 & 6\\ 5 & 0 & 4 &\\ 1 & 3 &-2\\ 0 & 1 & 0 \end{array}\right)\) の転置行列は

\[{}^t \! B=\left(\begin{array}{rr} 3 & -1 & 5 & 1 & 0\\ 1 & -2 & 0 & 3 & 1\\ -2 & 6 & 4 &-2 & 0 \end{array}\right)\]

(3). \(C=\left(\begin{array}{rr} 3 & 2 \\ -5 & -2 \end{array}\right)\) の転置行列は

\[{}^t \! C=\left(\begin{array}{rr} 3 & -5\\ 2 & -2 \end{array}\right)\]

転置行列の記号と行ベクトル・列ベクトル

\(n\) 次の数ベクトルを列ベクトルで \[\boldsymbol{a} = \left(\begin{array}{c}a_1\\a_2\\ \vdots \\a_n\end{array}\right)\] とあらわしておくと、\({}^t \! \boldsymbol{a}\)\(n\) 次の行ベクトルとなり、

\[{}^t \!\, \boldsymbol{a} = \left(\begin{array}{cccc}a_1 & a_2 & \ldots & a_n\end{array}\right)\]

とあらわされることになります。

\(\boldsymbol{a}=\left(\begin{array}{r} 3\\ -2\\ 5\\ 1 \end{array}\right)\) のとき

\[{}^t \!\, \boldsymbol{a}=\left(\begin{array}{rr} 3 & -2 & 5 & 1 \end{array}\right)\]

複素共役な行列、数ベクトル

\((m,n)\) 型行列 \(A\) のすべての成分を共役な複素数に変えると新しい \((m,n)\) 型行列ができます。 その行列を \(A\)複素共役行列といい、\(\overline{A}\) という記号であらわします。 つまり、

\[A=\left( \begin{array}{ccccc} a_{ 11 } & a_{ 12 } & \ldots & \ldots& a_{ 1n } \\ a_{ 21 } & a_{ 22 } & \ldots & \ldots& a_{ 2n } \\ \vdots & \vdots & \ddots & \ddots& \vdots \\ a_{ m1 } & a_{ m2 } & \ldots & \ldots& a_{ mn } \end{array} \right)\]

のとき、

\[\overline{A}=\left( \begin{array}{ccccc} \overline{a_{ 11 } }& \overline{a_{ 12 }} & \ldots & \ldots& \overline{a_{ 1n }} \\ \overline{a_{ 21 }} & \overline{a_{ 22 }} & \ldots & \ldots& \overline{a_{ 2n }} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \ddots& \vdots \\ \overline{a_{ m1 }} & \overline{a_{ m2 }} & \ldots & \ldots& \overline{a_{ mn }} \end{array} \right)\]

となります。

\(A=\left(\begin{array}{cc} 3+i & -4+3i\\ 2+3i & 0 \\ 2 & 6-4i \end{array}\right)\) の複素共役行列は

\[\overline{A}=\left(\begin{array}{cc} 3-i & -4-3i\\ 2-3i & 0 \\ 2 & 6+4i \end{array}\right)\]

共役複素数の記号と行ベクトル・列ベクトル

成分が複素数の \(n\) 次の数ベクトルを列ベクトルで

\[\boldsymbol{a} = \left(\begin{array}{c}a_1\\a_2\\ \vdots \\a_n\end{array}\right)\]

とあらわしておくと、

\[\overline{\boldsymbol{a}} = \left(\begin{array}{c}\overline{a_1}\\\overline{a_2}\\ \vdots \\\overline{a_n}\end{array}\right)\]

とあらわされることになります。

成分が複素数の \(n\) 次の数ベクトルを行ベクトルで

\[\boldsymbol{a} = \left(\begin{array}{cccc}a_1 & a_2 & \ldots & a_n\end{array}\right)\]

とあらわしておくと

\[\overline{\boldsymbol{a}} = \left(\begin{array}{cccc}\overline{a_1} & \overline{a_2} & \ldots & \overline{a_n}\end{array}\right)\]

とあらわされることになります。

(1). \(\boldsymbol{a} = \left(\begin{array}{c}-1-2i\\5+3i\\ -2-3i \\4+2i\end{array}\right)\) のとき

\[ \overline{\boldsymbol{a}} = \left(\begin{array}{c}-1+2i\\5-3i\\ -2+3i \\4-2i\end{array}\right) \]

(2). \(\boldsymbol{a} = \left(\begin{array}{cccc}5+i & 3+3i & 2-5i & 6+i & -2-i\end{array}\right)\) のとき

\[ \overline{\boldsymbol{a}} = \left(\begin{array}{cccc}5-i & 3-3i & 2+5i & 6-i & -2+i\end{array}\right) \]

数ベクトルの内積

本題に入りましょう。

内積の定義

同じ次数の2つの数ベクトル \(\boldsymbol{a}=\left(\begin{array}{c}a_1\\a_2\\ \vdots \\a_n\end{array}\right),\boldsymbol{b}=\left(\begin{array}{c}b_1\\b_2\\ \vdots \\b_n\end{array}\right)\) があるとします。

まず、ベクトルの成分が実数の場合の説明をします。

\(\boldsymbol{a}, \boldsymbol{b}\) から、

\[a_1b_1+a_2b_2+ \cdots + a_nb_n\]

という計算をして得られる数を \(\boldsymbol{a}\)\(\boldsymbol{b}\)内積といい、\(\boldsymbol{a}\cdot \boldsymbol{b}\) という記号であらわします。

行ベクトルを\((1,n)\) 型の行列、列ベクトルを\((n,1)\) 型の行列と考え行列の積を思い出すと、 \[\boldsymbol{a}\cdot \boldsymbol{b}= {}^t \!\,\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}\] とあらわすこともできます。

次は、ベクトルの成分が複素数の場合の説明をします。

\(\boldsymbol{a}, \boldsymbol{b}\) から、

\[a_1\overline{b_1}+a_2\overline{b_2}+ \cdots + a_n\overline{b_n}\]

という計算をして得られる数を \(\boldsymbol{a}\)\(\boldsymbol{b}\)内積といい、\(\boldsymbol{a}\cdot \boldsymbol{b}\) という記号であらわします。

行ベクトルを\((1,n)\) 型の行列、列ベクトルを\((n,1)\) 型の行列と考え行列の積を思い出すと、 \[\boldsymbol{a}\cdot \boldsymbol{b}= {}^t \!\,\boldsymbol{a}\overline{\boldsymbol{b}}\] とあらわすこともできます。

補足:幾何ベクトルの世界では、矢印の長さや矢印どうしのなす角をつかって図形的に内積を定義しますが、幾何ベクトルの世界に直交する座標系を導入してベクトルを扱えば、ここで定義した内積と同様な方法で内積を計算できるということを知っています。そこで数ベクトルに対しては、逆にその計算方法を流用して内積を定義したわけです。

補足:実数は複素数の特別なものと考えることができますから、成分がすべて実数の数ベクトルに対しても、成分が複素数の場合の内積の定義を使うことができます。その場合、\({}^\overline{\quad}\) (バー)の記号を無視すれば良いわけです。

内積の性質

数ベクトルの内積は、2つのベクトルから1つの数を作る計算です。これからこの計算がもつ性質を説明します。

内積の共役線形性と正値性

命題

数ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b},\boldsymbol{c}\) と複素数 \(r\) に対して、以下の法則が成り立ちます。
数ベクトルの成分がすべて実数で、\(r\) が実数の時は以下の法則で \({}^\overline{\quad}\) (バー)の記号を無視することができます。

\[\begin{align} &\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b} = \overline{\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{a}} \\[6pt] &\boldsymbol{a}\cdot(\boldsymbol{b} + \boldsymbol{c}) = \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b} + \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{c}\\[6pt] &(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b})\cdot\boldsymbol{c} = \boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{c} + \boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{c}\\[6pt] &(r\boldsymbol{a})\cdot\boldsymbol{b} =r(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})\\[6pt] &\boldsymbol{a}\cdot(r\boldsymbol{b}) =\overline{r}(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})\\[6pt] \end{align}\]

後ろ4つの法則は内積の共役線形性と呼ばれます。特に、最後の2つの法則をみるとわかるように、2つの数ベクトルのうちのどちらかを複素数倍してから内積をつくるとき、どちらのベクトルを複素数倍するのかによって結果に共役複素数の違いがでることに注意しましょう。

また次の法則も成り立ちます。

命題

\(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a}\) は必ず \(0\) 以上の実数になります。 また、\(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a} = 0\) となるのは \(\boldsymbol{a}=\boldsymbol{0}\) の時に限ります。

この法則は内積の正値性と呼ばれます。

以上の法則が成り立つことは、どれも内積の定義から簡単に証明できます。なぜなら、内積を定義に従って作るとき、各成分の部分についてこのページでおさらいした複素数の和や積と共役複素数についての法則が成り立っているからです。

数ベクトルの長さと内積

前の命題で述べたように、数ベクトル \(\boldsymbol{a}\) に対して、

\[\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a}\geq 0 \]

が成り立ちます。また、\(0\) 以上の数には必ず実数の平方根が存在します。ですから、\(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a}\) の平方根のうちの負ではないものを使って、\(\boldsymbol{a}\)長さ\(\sqrt{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a}}\) で定義することにし 、\(\|\boldsymbol{a}\|\) という記号であらわすことにします。

\(\boldsymbol{a}\) が成分で、 \[\boldsymbol{a}=\left(\begin{array}{c}a_1 \\ a_2 \\ \vdots \\ a_n\end{array}\right)\] のように与えられていれば、

\[\begin{align} \|\boldsymbol{a}\| &= \sqrt{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a}}\\ & =\sqrt{a_1\overline{a_1} + a_2\overline{a_2} + \cdots +a_n\overline{a_n}}\\ &=\sqrt{|a_1|^2 + |a_2|^2 + \cdots +|a_n|^2} \end{align}\]

とあらわされることになります。

補足:数ベクトルは矢印ではないので、直感に頼って「長さ」というものを考えることができません。 一方矢印で扱うことのできる幾何ベクトルでは、直交する座標系を導入してピタゴラスの定理を使い矢印の長さを成分から計算するとここで定義したものと等しくなっているわけです。 そこでこの事を逆に使って数ベクトルの長さをここで説明したように定義したのです。

補足:数ベクトルの長さはノルムと呼ばれることもあります。

シュヴァルツの不等式と三角不等式

内積のもつ性質をさらに2つ紹介しますが、これらは、矢印であらわすことのできる幾何ベクトルの世界で成り立っていたものを数ベクトルの世界で述べ直したものです。ただし、数ベクトルは矢印ではないので、幾何ベクトルのときにおこなったようにこれらの性質を直感に頼って証明するわけにはいかないことに注意しておきましょう。

シュヴァルツの不等式

命題

数ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) に対して、 \[ |\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}| \leq\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\| \] が成り立ちます。

これは、内積を作ってから絶対値をとったものはそれぞれの長さの積以下になるということを主張しています。

この不等式は、(平方完成や因数分解で行う計算のような)少しトリッキーな方法で証明することができます。

証明

\(\boldsymbol{a}=\boldsymbol{0}\) のときは両辺ともに \(0\) になるので成り立ちます。

以下、\(\boldsymbol{a}\neq\boldsymbol{0}\) の場合を考えます。

この場合、証明すべき式では両辺とも \(0\) 以上なので、 \[\text{右辺}^2-\text{左辺}^2\geq 0\] となることを示すことによって証明します。

\[ \begin{align} &\text{右辺}^2-\text{左辺}^2\\[6pt] &=(\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\|)^2-|\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}| ^2 \\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{複素数の性質}\, z^2=z\overline{z}\,\text{を使うと}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2\|\boldsymbol{b}\|^2-(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})(\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}})\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{わざとらしいことをすると}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2(\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{b})-(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})(\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}})-(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})(\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}})+(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})(\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}})\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\boldsymbol{a}\neq\boldsymbol{0}\,\text{としているので}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2 \left\{ \boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{b} -\frac{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}{\|\boldsymbol{a}\|^2}(\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}) -\frac{\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}}{\|\boldsymbol{a}\|^2}(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}) + \frac{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}{\|\boldsymbol{a}\|^2}\frac{\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}}{\|\boldsymbol{a}\|^2}\|\boldsymbol{a}\|^2 \right\}\\ &\qquad\qquad\downarrow\text{式を見やすくするために}\,k=\frac{\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}}{\|\boldsymbol{a}\|^2}\,\text{とおくと}\\ &=\|\boldsymbol{a}\|^2 \left\{ \boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{b} -\overline{k}(\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}) -k(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}) + k\overline{k}\|\boldsymbol{a}\|^2 \right\}\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の性質}\,\,\overline{\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{v}}=\boldsymbol{v}\cdot\boldsymbol{u},\,\|\boldsymbol{u}\|^2=\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{u}\,\text{を使うと}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2 \left\{ \boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{b} -\overline{k}(\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{a}) -k(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}) + k\overline{k}(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a})\right\}\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の性質}\,r(\boldsymbol{u\cdot\boldsymbol{v}})=(r\boldsymbol{u\cdot\boldsymbol{v}}),\,r(\boldsymbol{u\cdot\boldsymbol{v}})=(\boldsymbol{u}\cdot\overline{r}\boldsymbol{v})\,\text{を使うと} \\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2 \left\{ \boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{b} -\boldsymbol{b}\cdot(k\boldsymbol{a}) -(k\boldsymbol{a})\cdot\boldsymbol{b} + (k\boldsymbol{a})\cdot(k\boldsymbol{a})\right\}\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の分配法則を使うと}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2 \left\{\boldsymbol{b}\cdot(\boldsymbol{b}-k\boldsymbol{a})-(k\boldsymbol{a})\cdot(\boldsymbol{b}-k\boldsymbol{a}) \right\}\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の分配法則を使うと}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2 (\boldsymbol{b}-k\boldsymbol{a}) \cdot(\boldsymbol{b}-k\boldsymbol{a}) \\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の性質}\,\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{u}=\|\boldsymbol{u}\|^2\,\text{を使うと}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{a}\|^2 \|\boldsymbol{b}-k\boldsymbol{a}\|^2\\[6pt] &\quad \downarrow \text{どんな実数も} \, 2\, \text{乗すると}\, 0\, \text{以上になるので}\\[6pt] & \geq 0 \end{align} \]

となり、証明することができました。ちなみに最後の式より、等号が成り立つのは \(\boldsymbol{b}\)\(\boldsymbol{a}\) のナントカ倍になるときであることがわかります。
補足:ベクトルの内積に関する“展開” \(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\) を複素数を成分にもつ数ベクトル、\(c\) を複素数とします。そして、内積の計算法則を使って、\((\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\cdot(\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\) という式を “展開” してみることにします。すると、 \[ \begin{align} &(\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\cdot(\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\\[6pt] &=(\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\cdot\boldsymbol{x}+(\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\cdot c\boldsymbol{y}\\[6pt] &=\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{x} +c\boldsymbol{y}\cdot\boldsymbol{x} +\boldsymbol{x}\cdot c\boldsymbol{y} +c\boldsymbol{y}\cdot c\boldsymbol{y}\\[6pt] &=\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{x} +c\overline{\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y}}+\overline{c}\boldsymbol{x}\cdot \boldsymbol{y}+c\overline{c}\boldsymbol{y}\cdot \boldsymbol{y}\\[6pt] &=\|\boldsymbol{x}\|^2 +c\overline{\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y}}+\overline{c}\boldsymbol{x}\cdot \boldsymbol{y} +|c|^2\|\boldsymbol{y}\|^2\\[6pt] &=\|\boldsymbol{x}\|^2 +c\overline{\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y}}+\overline{c}\boldsymbol{x}\cdot \boldsymbol{y} +|c|^2\|\boldsymbol{y}\|^2 \end{align}\] となります。つまり、この“展開”の結果だけを書いておくと

\[ (\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\cdot(\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y}) =\|\boldsymbol{x}\|^2 +c\overline{\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y}}+\overline{c}\boldsymbol{x}\cdot \boldsymbol{y} +|c|^2\|\boldsymbol{y}\|^2 \tag{*} \]

となるわけです。先のシュヴァルツの不等式の証明の中ではこの計算を逆に使っているわけです。

(*) は以下のようにも書き換えられます。

\[ \|\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y}\|^2 =\|\boldsymbol{x}\|^2 +c\overline{\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y}}+\overline{c}\boldsymbol{x}\cdot \boldsymbol{y} +|c|^2\|\boldsymbol{y}\|^2 \tag{**}\]

\[ \|\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y}\|^2 =\|\boldsymbol{x}\|^2 +2\mathrm{Re}(\overline{c}\,\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y}) +|c|^2\|\boldsymbol{y}\|^2 \tag{***}\]

これらは普通の文字式の展開

\[ (x+cy)^2=x^2+2cxy+c^2y^2 \]

とよく似ていますが、複素数を成分とする数ベクトルの内積では、内積の共役線形性や共役複素数の影響が出ていることに注意しましょう。一方、成分がすべて実数の数ベクトルに話を限れば、共役複素数のことは考慮する必要はなく、(**) や (***) は

\[ \|\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y}\|^2 =\|\boldsymbol{x}\|^2 +2c\,\boldsymbol{x}\cdot\boldsymbol{y} +c^2\|\boldsymbol{y}\|^2\]

とあらわせることになり、普通の文字式の展開とそっくりになるわけです。

\((\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\cdot(\boldsymbol{x}+c\boldsymbol{y})\) の“展開”以外にも、例えば \((\boldsymbol{x}+\boldsymbol{a})\cdot(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{b})\)\((\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y})\cdot(\boldsymbol{x}-\boldsymbol{y})\) なども“展開”してみて内積の共役線形性や共役複素数の影響がどのように出るのか一度確認してみると良いでしょう。

三角不等式

命題

数ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) に対して、

\[ \| \boldsymbol{a} + \boldsymbol{b}\| \leq\|\boldsymbol{a}\|+ |\boldsymbol{b}\| \]

が成り立ちます。

これは、矢印であらわされる幾何ベクトルの世界では、出発点から目的地へ直進するときの距離は、折れ曲がって進むときの距離以下になるということを主張しています。

数ベクトルの世界では、直前に紹介したシュヴァルツの不等式を使うと証明できます。

証明

証明すべき式では両辺とも \(0\) 以上なので、\(\text{右辺}^2-\text{左辺}^2\geq 0\) となることを示すことにより証明することにします。

\[\begin{align} &\text{右辺}^2-\text{左辺}^2\\[6pt] &=\left( \|\boldsymbol{a}\|+ \|\boldsymbol{b}\|\right)^2 -\|\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\| ^2\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の性質}\,\|\boldsymbol{u}\|^2=\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{u}\,\text{を使うと}\\[6pt] &= \|\boldsymbol{a}\|^2+2 \|\boldsymbol{a}\| |\boldsymbol{b}\|+\| \boldsymbol{b}\|^2 -(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b})\cdot(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b})\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の分配法則を使うと}\\[6pt] &= \|\boldsymbol{a}\|^2+2 \|\boldsymbol{a}\| |\boldsymbol{b}\|+\| \boldsymbol{b}\|^2 -\left(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{a}+\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}+\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\cdot\boldsymbol{b}\right)\\[6pt] &\qquad\qquad\downarrow\text{内積の性質}\,\,\|\boldsymbol{u}\|^2=\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{u},\,\,\boldsymbol{v}\cdot\boldsymbol{u}=\overline{\boldsymbol{u}\cdot\boldsymbol{v}}\,\text{を使うと}\\[6pt] &= \|\boldsymbol{a}\|^2+2 \|\boldsymbol{a}\| |\boldsymbol{b}\|+\| \boldsymbol{b}\|^2 -\left(\|\boldsymbol{a}\|^2+\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}+\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}+\|\boldsymbol{b}\|^2\right)\\[6pt] &= 2 \|\boldsymbol{a}\| |\boldsymbol{b}\| -\left(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}+\overline{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}\right)\\[6pt] &\qquad\downarrow\begin{array}{l}\text{一般に複素数}\,z\,\text{に対して}\,z+\overline{z}\,\mathrm{は}\, z\,\text{の実数部分} \,\mathrm{Re}(z)\, \text{に}\\\text{等しいことに注意すると}\end{array}\\[6pt] &= 2 \|\boldsymbol{a}\| |\boldsymbol{b}\| -2\mathrm{Re}({\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}})\\[6pt] &\qquad\downarrow\begin{array}{l}\text{一般に複素数} \,z\, \text{の大きさ} \,|z| \,\text{は実数部分}\,\mathrm{Re}(z)\,\text{以上に}\\\text{なるので}\end{array}\\[6pt] &\geq 2 \|\boldsymbol{a}\| |\boldsymbol{b}\| -2|\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}|\\[6pt] &=2 \left(\|\boldsymbol{a}\| |\boldsymbol{b}\| -|\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}|\right)\\[6pt] &\quad\downarrow\text{ここでシュヴァルツの不等式を使うと}\\[6pt] &\geq 0 \end{align}\]

となり、証明することができました。 この式変形を振り返ってみると、等号が成り立つのは、 シュヴァルツの不等式で等号が成り立ち、 かつ、 \(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}\)\(0\) 以上の実数 のときであることがわかります。 言いかえると、\(\boldsymbol{b}\)\(\boldsymbol{a}\)\(0\) 以上の実数倍になっているときです。

2つの数ベクトルのなす角

すべての成分が実数になっている2つの数ベクトル \(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) があるとし、どちらも零ベクトルではないとします。

いま内積 \(\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}\) の値は実数になるので、シュヴァルツの不等式 \(|\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}| \leq\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\|\)\[ -\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\|\leq\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b} \leq\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\| \] と同じことで、これより、 \[ -1\leq \frac{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}{\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\|} \leq 1 \] が成り立ちます。 ですから、 \[\cos \theta = \frac{\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}}{\|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\|} \] を満たす数 \(\theta\)\(0\leq \theta \leq \pi\) の範囲にただ1つ存在します。 このようにして定まる \(\theta\)\(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\)なす角 といい、\(\angle(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b})\)という記号であらわします。

補足:成分の中に虚数が含まれる数ベクトルに対しては「なす角」という概念を定義しません。

補足:ベクトルを矢印で扱う幾何ベクトルの世界では、ベクトルどうしのなす角は直感的に定まっているもので、それを用いて幾何ベクトルどうしの内積を

\[\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b}= \|\boldsymbol{a}\|\|\boldsymbol{b}\|\cos\theta\]

と定義したのでした。数ベクトル空間の場合にはそのように定義するわけにはいきません。そこで、内積から出発し、逆に考えていくことによりベクトルどうしのなす角を定義したことになります。そして、シュヴァルツの不等式がそのようなことができることを保証しているわけです。

まとめ

ベクトルの世界で、長さ、角の大きさを取り扱うために導入された道具が内積という概念です。

内積は2つのベクトルからある1つの数を作る操作です。

内積の計算では、数ベクトルの成分がすべて実数の場合には普通の数の世界で成り立つ「交換法則」や「分配法則」に似た法則が成り立ちます。また、一般的に成分が複素数の場合には共役の印 \(^\overline{\quad}\)(バー)のついた法則が成り立ちます。

数ベクトルの内積の定義から、「シュヴァルツの不等式」や「三角不等式」を導くことができます。また、すべての成分が実数であるベクトルに対しては、内積を使って2つのベクトルのなす角を定義することができます。

連立一次方程式と基本変形 置換